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Lopes「図像的写実主義」

Dominic Lopes, Pictorial realism, Journal of Aesthetics and Art Criticism 53 (3):277-285 (1995)
http://philpapers.org/rec/LOPPR

絵画における写実主義を扱った哲学論文はいくつかあり、描写(depiction)や図像の哲学を扱う哲学者がこの問題に取り組んでいる。
多くの場合、写実的な図像はより多くの情報を伝えるものとして特徴付けられるが、そのように考えた場合、Lopesのように図像を「情報の流れ」の中に位置づけたい論者にとって、写実主義の問題はそれなりの重要性を持つだろう。LopesはEvansなどの影響を強く受けているようで、図像を、言語などと比較しつつ、対象の情報を伝える表象システムのひとつとして位置付けている。
もっとも単純な説では、写実的図像は正確さと情報に富むという二つの特徴によって捉えられる。より正確であり、より情報を多く伝える図像がより写実的であるというように。
ただしこれにはすぐ反論があげられうる。例えば正確さについては、写実的な図像もしばしば対象に誤った性質を帰することがある。また、正確さを写実主義の特徴にしてしまうと、フィクショナルな図像は写実的ではありえないことになる。
情報の量については、グッドマンによる以下のような反論がある。例えば通常の図像の色彩を反転させた図像を考えよう。この反転画像は適切なルールのもとで見れば、元の図像とまったく情報量は変わらない(例えば、この絵においては青く塗られた部分は赤を表すなどのように一定の解釈ルールを施せば、正確さも情報の量も元の図像と変わらないことになるだろう)。ところが、反転画像は元の図像よりも写実的ではないように思われる。
グッドマンはここから、写実性は、それぞれの絵画の表象のシステムに相対的であり、写実的な図像とは、われわれにとって馴染みある表象のシステムに属する図像にすぎないと結論する(らしい)。
一方Lopesは、グッドマンのように写実性を一定文化に相対的なものと考える立場に賛同しつつも、この結論自体には反論している。写実性を表象システムの馴染み深さに結びつけると、しばしば目新しい絵画のスタイルがより写実的なものとして受容されるという現象が説明できなくなるからだ。一点透視にしろ何にしろ、出てきた当初は新しいスタイルだったにも関わらず、写実的な技法として受け入れられたのだから、そこにある基準は馴染み深さだけではないはずだ。
Lopesはまず表象システム(絵画のスタイル)の情報の量を以下のように定義する。ここで前エントリで説明した、「コミット」「明示的非コミット」「暗黙的非コミット」の概念を用いる。Lopesによれば図像の表象システムはこの三つのコミットの組み合わせによって定義される。二つの図像が、同じ対象を同じコミットの組み合わせで描くとき、両者は同一のシステムに属する。一方情報の量が多いシステムとは、多くの性質についてコミット、明示的非コミットし、暗黙的非コミットを避ける表象システムのことである(暗黙的非コミットは典型的には細部の省略などの形で現れることを思い起こせば、この点は了解しやすいだろう)。あるスタイルがコミット、明示的非コミットを多く用いれば多く用いるほど、多くの情報を伝えることになる。
また、写実性にかかわる「情報」の概念は特定の使用のコンテキストの下でのものとして理解されなければならない。受容する文化の中で図像がどういう役割を担い、どのような情報を伝えるべきだとされているのか。写実的図像とは、単に情報を多く伝える図像(のシステム)ではなく、使用のコンテキストに適切な情報を伝える図像(のシステム)でなければならない。この意味で図像の写実性は文化に相対的である。