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パーフィット『理由と人格』を読む

↓以下の記事を書きかけて放置してあったのを発見したので、ちょっとだけ直して公開します。
(ちなみにだいぶ前に読んでだいぶ前に記事を書いたので、もう内容は結構忘れています)。

理由と人格―非人格性の倫理へ

理由と人格―非人格性の倫理へ

まえおき

パーフィットの『理由と人格』はおもしろいが、大変読みにくい本でもあります。
読みにくい理由は、晦渋な文章や、論点の難しさではありません。英語でも翻訳でも、文章自体は読みやすく明快で、テクニカルな部分も少なく、むしろ哲学書としては大変わかりやすい部類に入るでしょう。奇抜な思考実験が多いのでそういうのが苦手だという人もいるでしょうが、それは一方では魅力とも言えます。


この本を読みにくくしている最大の原因は、本の構成であると思います。
著者がどの立場を擁護しているのかがよくわからぬまま、無数の理論が登場し、それぞれに比較されていく。次々と現われた理論の内の多くが去っていき、どうも最終的にひとつの理論だけが勝ち残って終わりというわけでもない。
最終的に、何について書いた本なのかよくわからないわけです。もちろんタイトルにも序文にもあるように「理由」と「人」について書いた本であることはまちがいないわけですが、論点はかなり多岐にわたっています。たとえばIVなどはほとんど他の部分と直接的なつながりはないので、この部分は別の本でもよかったのではないかと思います。
またI は最初の部でありながら、かなりの難関であると思います。普通に最初から読むとたいていここでつまずくのではないでしょうか。唐突に、自己利益説と帰結主義という二つの立場(しかも見たところほとんどトリビアルとしか思えないくらい正しそうな立場)について、それらは自己破壊的であるから否定されるべきではないかという議論が検討され、しかも最終的にはこの議論自体が否定されてしまいます。物語でいえば、敵か味方かもわからない謎の人物が謎の敵と理由もわからぬまま戦い、勝利をおさめるという風情です。せめて、この人物が誰であり、何のために戦っているのかくらいは知りたいものです。
個人的には、全体の地図があれば、もう少し読みやすい本になるのではないかという印象を以前より抱いています。自分が読む前にそういう地図があれば、ぐっと読みやすかったはずなのに。何かしら見取り図のようなものをつくることができないか。
rational numbers

しかし、単純なあらすじのようなものを書いても、いまいちピンときません。思うに、この本は三国志のような歴史群像劇に近い構成の本なのです。無数の立場が出現し、戦い、あるものは敗北します。それらの議論には、最終的な勝利者や目的地というものはありません。この本を、単線的なストーリーの形にまとめあげることには無理があります。あくまでも複線的な群像劇なのです。
そこで、主要な登場人物たちの運命だけでも抜き出しておけば、いくらか整理できるのではないかと思い立ちました。
本来はこの本全体カバーできればよかったのですが、途中であきらめました。この本はつめこみすぎるくらいに内容をつめこんだ本なので、おおよそ全体をまとめることに意味があると思えません。
かわりに自分にとって中心的と思える筋を1つしぼることにしました。わたしはこの『理由と人格』という本をどのように読んでいるのか。
実は、自己利益説(この本でしばしば使われる略称にしたがえばS)に感情移入をして読んでいます。
自己利益説(S)というのは、「自己に可能なかぎり最大の利益をもたらすことが、最も合理的である」という説のことです(言葉で説明すると難しそうですが、ほとんど「合理性」の辞書的定義です。ただしパーフィットはこれは合理性に関するよい理論ではないと主張します)。
ここに注目するのはSが説得力のある見解だからというのもありますし、わたしにとってとりわけ興味のあるテーマが「合理性」だからというのも大きいでしょう。従って、わたしにとってこの本のクライマックスは、IIの第六章から第八章、道徳(M)と現在目的説(P)の両者の協力よって、Sが打ち破られる部分です。ここを中心に読みますと、この本の構成は以下のようになっております。
I は、帰結主義(C)、常識道徳(M)、自己利益説(S)、現在目的説(P)といった主要な登場人物がでそろう部分であり、同時に簡単な議論では、Sを打ち破れないということがしめされます。
II は、クライマックスの不吉な戦いにむけて突き進む部分であり、ここでSははじめての敗北を喫します。
ついで III は、人の自己同一性というまったく別方向からの議論によって、再度Sが破られる部分です。
IV は独立した部分で、C、M、S、Pや同一性の理論といった登場人物は背景にしりぞき、未来の人々という新たな戦場で、非同一性問題、いとわしい結論、ばかげた結論、単純追加パラドックスのすべてを解決できる理論Xを発見できず、あらゆる道徳理論が死んでいきます。

さまざまな読み方

しかしこれはあくまでも「合理性」を中心に据えた読み方です。他にもいろいろな読み方はできる本でしょう。あと個人的には、I から読もうとして挫折する人が多いのではないかと思っているのですが、I は道徳哲学の細かい話が多いので(背景がわかるとなかなかおもしろいのですが)、最初に読むときは後回しにしてもよいと思います。あとは一応、III とかIV のなかで単体で読んでおもしろい箇所も紹介しておきます。

まとめると、

  • I 帰結主義、自己利益説などの簡単な検討。素朴な議論ではこれらは反駁できない。
  • II 自己利益説を否定するところ。合理性についての議論はここが中心。
  • III 自己同一性についての議論。
  • IV 未来の人類などに関する議論。
III の読みどころ
  • 第十二章 われわれの同一性は重要なことではない。それはなぜか
  • 第十三章 重要なこと

人の同一性を中心に読むならばクライマックスはこのあたりでしょう。人の同一性についての問いを、「何が人の同一性を構成するのか」という問題から、「何が重要なのか」に転換した上で、かなりラディカルな結論を導きます。この前後は、SF的な思考実験もはなはだしいことになっており、春に分裂して秋に融合する人々や、この人たちにとって「愛」がどうなるのかといったわくわくするような話も展開されます。

IV の読みどころ
  • 第十六章 非同一性問題

将来生まれてくる未来の人々に利益を与えるとか、害を与えるというのはどういうことなのかという問題ですね。ちゃんとした内容はぐぐってください。
非同一性問題はその深刻さのわりに解きがたさと困難が本当に厄介で、これについて考えているだけで一生が終わるのではないかと思えるほどです。

まとめ

では、Sを中心に、主要な登場人物たちの運命をたどるかたちで簡単なまとめをつくってみましょう。
(なお、本記事はあくまでもわたしが理解したパーフィットの議論を紹介する趣旨であり、わたし自身はこれらの議論にそもそもあまり同意していません)。


client identity

主要な登場人物

この本は「理由」と「人」についての本であり、またここでは上にあげたような理由から自己利益説に焦点をあてるので、主要な登場人物は、合理性についての理論、道徳についての理論、人の同一性についての理論ということになります。
(IVの登場人物は残念ながらここでは扱うことはできません)。

自己利益説
合理性についての理論。別名S。最上の合理的な目標は、自分の生が可能なかぎりうまくいくことであるという説。別の言葉でいえば、自己にとっての最大利益をめざすことがもっとも合理的な目標であるという説。ほとんどの人々によって二千年以上も信じられてきたが、現在目的説と道徳の攻撃に敗北する。また人の同一性についての還元主義からの攻撃によっても敗北する。
現在目的説
合理性についての理論。別名P。最上の合理的な目標は、現在の目的を最も達成することであるという説。長期的な自己の利益ではなく、あくまでも現在持っている目的をはたすことが合理的な目標であるとされる。道具説(IP)、熟慮説(DP)、批判的現在目的説(CP)という3つのバージョンがあるが、批判的現在目的説が最強の説である。
帰結主義
道徳についての理論。別名C。最上の道徳的目標は、結果が可能なかぎりよいことであるという説。帰結主義のバリエーションのひとつに功利主義があるが、功利主義が最強の帰結主義であるというわけではない。帰結主義自体は、利益の公平な分配のような原理を含む可能性もある。常識道徳とは異なり、誰にとっても同じ道徳的目標を課すという意味で行為者中立的な理論。
常識道徳
道徳についての理論。別名M。道徳的な目標として、自分と特別な関係にある人々を害からまもり、利益を与えることを掲げる行為者相対的な理論(家族や友人への愛や職業的な義務からくる道徳)。
還元主義
人の同一性についての理論。人の時間を通じた同一性は、より細かな心理的・物理的事実だけからなっている。これらの事実は人の同一性を前提することなしに記述できる。還元主義によれば、人の同一性はしばしば不確定である。要するに、人の同一性などというのは、脳や身体の物理的継続性と、心の連続した活動のおまけにすぎないという立場。
非還元主義
人の同一性についての理論。還元主義の否定。人の時間を通じた同一性は、より細かな心理的・物理的事実以上のさらなる事実であるか、われわれはそれらの出来事からは区別された実体である。人はちゃんとした実体であり、同一性があるかないかはつねにオールオアナッシングなんだ!という立場。

あらすじ

II のあらすじ

細かい議論の内容は紹介しませんが、基本的には、P と M の両面からの攻撃によって S が打ち破られます。
すごく大雑把にまとめると、S(自己利益説)というのは時間中立的に自己の利益を求めるような理論です。一方、P(現在目的説) は合理性において重要なのは、現在の目的だけであるという時間相対的な理論です。
ところが一方、S は配慮の対象は自己だけでよいという行為者相対的な議論でもあります。パーフィットが責めるのは、この「時間中立的」だが「行為者相対的」でもあるという S のどっちつかずの立ち位置です。S から P への反論(時間中立的に配慮せよ)はすべて、同様の論法でもって M(道徳) からの「行為者に中立的に配慮せよ」という反論にも使えるものになってしまいます。

年表

I 1-7

自己利益説の登場。
自己利益説は、間接的に自己破壊的である。しかしこれは自己利益説にとって致命的なことではない。

I 10-20

帰結主義は、間接的に自己破壊的である。しかしこれは帰結主義にとって致命的なことではない。

I 21

帰結主義は、直接的に自己破壊的ではありえない。

I 32-35

囚人のジレンマの状況において、自己利益説は直接的に自己破壊的である。しかしそれ自身の尺度では失敗しない。

I 34-35

現在目的説の登場。
現在目的説は直接的に自己破壊的であることもあるが、それ自身の尺度では失敗しない。

36-40

常識道徳は、直接的に自己破壊的であり、常識道徳が自己破壊的である場合を避けるための改訂(R)を受け入れなければならない。
(常識道徳改訂されて生存)

41-44

帰結主義と常識道徳の統一理論が模索されるべきである。

45-74

現在目的説の内、種々の批判に答えられるのは批判的現在目的説だけである。
自己利益説は、現在目的説と道徳という二つのライバルから両面攻撃を受ける。
自己利益説は、この議論に答えることができない。
(自己利益説死亡)

75-79

還元主義、非還元主義の登場、われわれは自分を非還元主義的な実体だと思っている。

80-86

還元主義が正しく、非還元主義はあやまっている。
(非還元主義は死亡)

87-101

還元主義によれば、人の同一性は重要なことではない。

102-106

自己利益説は、人の同一性に関する還元主義からさらなる攻撃を受ける。
自己利益説は、この議論にも答えることはできない。
(自己利益説再度死亡)

107-118

還元主義を受け入れると、合理性、道徳についていくつかの帰結がもたらされる。
「極端な見解」によれば、還元主義を受け入れた場合、未来の自分に配慮する特別の理由はなく、また、いかなる功績も処罰も責任も成立しない。
極端な見解は擁護できるが、その否定も擁護でき、いずれも決定的なものではない。