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柏端「行為と進行形表現」

http://ir.library.osaka-u.ac.jp/dspace/handle/11094/10244

  • 1. 行為の生起の時間
  • 2. 行為への傾向性
  • 3. 完遂動詞と他動的動詞
  • 4. 因果的に関与しない部分
  • 5. 未完了形のパラドックス
  • 6. 計画動詞
  • 7. 他動的な完遂動詞
  • 8. 結語

リポジトリにあったから読んだ。
進行形には様々な謎がある。たとえば、A氏がハンバーグを食べながら「今論文をひとつ書いています」と言う。

  • A氏はこのとき論文を書くことを一切せず、ハンバーグを食べている。にもかかわらずこういう場合にも進行形を用いることはできる。
  • A氏がこの後論文を完成させなかったとしても、このときに「A氏は論文を書いていた」ということは正しい。

一方こういう条件は常に成り立つわけではない。この論文では進行形の用法を3つに分類し、それぞれの論理形式や適用条件を問うことで、進行形の行為表現を分析する。
本稿であげられる3つの用法は以下

  • (1)傾向性用法
  • (2)行為の持続を表す他動的完遂動詞としての用法
  • (3)行為の持続を表す計画動詞としての用法

(1)は「今論文をひとつ書いている」などのように、実際には当該の行為をしているわけではないが、当該の行為への傾向性を持つというもの。著者はこれは行為ではないとしている。
(2)は持続する行為であるが、未来のなりゆきによっては偽になるもの。例えば「A氏はB氏を殺害している」はその時点より未来にB氏が死ななければ偽になる。なお、著者は完遂accomplishment動詞の進行形は本来すべてこの用法になるとしているが、これは疑問。実際には家を建てなかったとしても「その時家を建てていた」は真になるし、本を書き終えなかったとしても「その時本を書いていた」も真になるからだ。(2)のような用法はあると思うが、この用法がデフォルトであると言うためにはもっと議論が必要だと思われる。
(3)は、行為の完遂が未来に失敗しても真になる用法。「その時家を建てていた」など。(1)と(3)は関係しており、(1)で「行為への傾向性」を持つというとき、行為者は実際しばしば当該の行為を遂行しなければならないが、遂行される行為は(3)の計画動詞が適用されるタイプの行為である。