Lopes『視覚と感受性 - 図像を評価する』

Sight and Sensibility: Evaluating PicturesSight and Sensibility: Evaluating Pictures


これは読まねばならない気がしたのでがんばって全部読んだ。ひどくおもしろかった。
分析美学における描写[depiction]の哲学は、主として図像がなぜ対象を表象できるのかという問いを扱うが、これは応用的な話題を扱う本で、図像に対する価値評価が主題になっている。相互作用説「図像の美的評価は、図像の認知的評価や道徳的評価に対し、含意したり含意されたりする関係にある」が擁護される。図像の潜在能力を論じた本でもあり、雰囲気や感情の表出、認知、道徳など、普通は見えないし描けないものを図像がどうやって表現し、それらが図像の美的評価といかにして絡み合うかを論じている。
恐しく射程の広い本で、分析美学プロパーな細かい議論もたくさんあるが、美術批評や表象文化論の領域に積極的に乗り込んでいく。序文では、フレドリック・ジェイムソンの「見ることは本質的にポルノグラフィックである」という批判を引き、本書はこうした批判に応え、図像を擁護する本であると啖呵を切る。かなりの紙幅を割いてフェミニスト美術批評を論じ、突然ダンテ『神曲』地獄篇の絵画化についての議論がはじまり、アルベルティやダ・ヴィンチの書いたものがライバル理論として引用される。
ここでロペスが議論する問題は、批評や美術家にとっての問題でもあり(なぜ / どうやって絵は美や感情や認知や道徳を表現できるのか)、そういった人々と同じ平面上で議論しているのが魅力であると思う。
いろいろな分野の人がそれぞれの関心で楽しめそうな本だと思う。

各章の簡単な紹介

  • 1. ミメーシスのパズル
    • 理論枠組みの確認と、ミメーシスのパズル(直接見ることにさほど価値のない光景を描いた絵であっても、その絵の中の風景を見ることが美的に価値のある経験であるのはなぜ?)についての議論。
  • 2. 図像の「空気」
    • 雰囲気や感情の表出expressionを扱かった章。この章はとてもおもしろかった。いわゆる「悲しい風景を描いた絵」などについて、その感情は誰の感情なのか? なぜ風景が感情を表現できるのか? などが議論される。
  • 3. よい見た目good looking
    • 図像の美的評価の分析。
  • 4. 描くことのレッスン
    • 図像の認知的評価についての章。図像がもたらす知識についての分析などを経由しつつ、最終的には、徳認識論の議論を引き、図像は認知的徳を強化できるし、それは美的長所にもつながりうるという議論が展開される。
  • 5. 道徳的ビジョン
    • 図像の道徳的評価についての章。図像は道徳的概念を行使し、獲得・再編成させることができる。図像の道徳的評価の例としてフェミニスト美術批評の事例が検討される。


個人的には、ロペスが扱っているような高次性質(感情、美、道徳、認知)は、図像が描く内容に含まれうるのかということが気になっている。ただこの問題に取り組むには知覚内容を含む視覚的内容一般についての理論が必要だということで、この本ではその問題を扱っていない。ただあとがきでも、視覚的内容の理論はぜひとも必要だと主張しており、この話がその後どうなったのか気になっている。