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Aaron Meskin, Roy T. Cook, Warren Ellis『マンガのアート: 哲学的アプローチ』その2

The Art of Comics: A Philosophical Approach (New Directions in Aesthetics)The Art of Comics: A Philosophical Approach (New Directions in Aesthetics)


9章 Roy T. Cook「なぜコミックは映画ではないのか: メタコミックとメディア特有の慣習」を読んだ。
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/9781444354843.ch9/summary

「マンガを順次スクリーンに映していけば映画になる。だからマンガの美学はいらなくて映画の美学があればいいんだ」という議論に反論しつつ、マンガ固有の問題を考えてみましょうという論文。本当はもう少し細かい議論だけど。
最初の反論は、マンガのコマってそもそもシーケンシャルじゃないよねというもの。マンガのコマは平面有向グラフだと言いつつ有向グラフの定義がはじまる(マスハラ)。
(著者はマンガの美学もやってるけど、専門は数学の哲学と哲学的論理学らしい)。


次に、もし万が一うまく映画にできたとしても、それによって重要な芸術的価値が失われるということで、メタコミックによる反論があげられる。メタコミック、つまりメタフィクションマンガはマンガの慣習を利用した表現なので、マンガ作品を映画として見てしまうと、この表現は消えてしまう。ここではマンガにおけるメタフィクション表現の分類などをしつつ、二つの作品を取り上げて分析している。
分類は以下の六種類

  • 物語的メタコミック: プロットにマンガの制作や消費を含むもの
  • カメオメタコミック: 他のマンガと相互作用するもの
  • 自覚的メタコミック: キャラクターがマンガの登場人物であることを自覚しているもの
  • インターテクスト的メタコミック: 内容が他のメディア作品の内容と相互作用するもの
  • 著作者メタコミック: 作者が出てくるもの
  • 形式的メタコミック: マンガの慣習を操作するもの

ここでは形式的メタコミックの例として、ふきだしの中身を書き変えるヒーロー、エディターガールなどが取り上げられる。