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応用哲学会第六回年次研究大会「図像的フィクショナルキャラクターの問題」

応用哲学会第六回年次研究大会で発表します。せっかく長い枠にしたのに人が来てくれないとさびしいので宣伝します。会場が関西なので、関東の方は来にくいかもしれませんが、新幹線という便利なものがあるのでぜひ利用をおすすめします。
https://sites.google.com/site/jacapweb/home/annual_conf_6


題は「図像的フィクショナルキャラクターの問題」です。
図像的フィクショナルキャラクターというのは、アニメやマンガなど、絵に描かれたフィクショナルキャラクターのことです。
私は以前から哲学的なフィクション論やフィクショナルキャラクターについての議論に不満を持っていて、その一つがフィクショナルキャラクターの話をするのにビジュアルの話をしないことです。そこで自分なりに、哲学的なビジュアルキャラクター論をやってみることにしました。
もう一つの背景としては、英語圏における近年の描写の哲学の盛り上がりがあって、芸術絵画だけではない広義の図像/イメージまで対象とした議論が出てきています(と言いつつ、発表内容をある程度決めてから勉強したんですが)。その中でフィクションの図像についても多少は扱われていますが、まだまだ大きな謎が残っていると思ったので、そういう話をします。


発表の中心は、図像的フィクショナルキャラクターについて私が成り立つと思っている以下の謎です。

  • 1. デフォルメや省略を含むかぎり、キャラクターの図像はフィクションにおけるキャラクターの正確な姿を表象していない。
    • 1.2 従って私たちはキャラクターの姿形について、あまりよく知らないことを認めるべきである。
  • 2. ところが、私たちはキャラクターの姿形についてよく知らないにもかかわらず、キャラクターの美的性質について、なにがしかのことを知っている。
    • 2.2 美的性質について知るためには、詳細に姿形について知っていなければならないと思われるにもかかわらず。
  • なぜそんなことが可能なのか?


1や2については、擁護する議論を用意しているので、発表中で紹介します。
総体的には、私たちは図像を通してどのようにしてフィクションへアクセスするのか?という話になります。マンガ研究などに応用できる話(ちょっとだけ「キャラ/キャラクター」の話とかします)になればいいと思っています。

→原稿アップロードしました。