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[ethics][lang] Niko Kolodny, John MacFahlane「もしとべき」

この間Google Scholarで哲学の主要雑誌で引用数が100を越えている論文を調べてみた。
哲学誌のランキング - うつし世はゆめ / 夜のゆめもゆめ


それを読んでいくコーナー。ちなみに引用数が100を越えてるものは十個もなかったんだけど、マクファーレンが2つも入っているのでマクファーレンすごいですね(ちなみに、マクファーレン先生はかの有名なドキュメント変換ツールpandocの制作者でもあります。私は最近は論文もスライドもpandocで作ってるpandoc信者なのでマクファーレン先生には足を向けて寝られません)。
これはコロドニーとマクファーレンの共著にあたる。

http://philpapers.org/rec/KOLIAO
Kolodny, Niko & MacFarlane, John (2010). Ifs and Oughts. Journal of Philosophy 107 (3):115-143.
http://johnmacfarlane.net/ifs-and-oughts.pdf
ought(べき)の意味論なので、ジャンルとしては言語哲学かメタ倫理にあたるだろうか。さすがにおもしろかった。
最初に言っておくと、様相論理の話なのでそのつもりで。

鉱夫はAにいる 鉱夫はBにいる
Aをふさぐ 鉱夫は死ぬ 全員助かる
Bをふさぐ 全員助かる 鉱夫は死ぬ
何もしない 数人怪我する 数人怪我する

四人の鉱夫が炭鉱に閉じ込められた。鉱夫たちは全員シャフトAにいるか、全員シャフトBにいるかいずれかであるとわかっているが、どちらにいるかまではわからない。このまま何もしないでいると、水があふれてきて確実に怪我人が出る。鉱夫たちがいない方のシャフトをふさげば水があふれることもなく、誰にも被害は出ない。しかし鉱夫たちがいるシャフトをふさぐと全員死んでしまう。
この状況では以下が成り立つ。

  • 1. どちらのシャフトもふさぐべきではない。
  • 2. 鉱夫たちがAにいるならばBをふさぐべきだ。
  • 3. 鉱夫たちがBにいるならばAをふさぐべきだ。
  • 4. 鉱夫たちはAにいるかBにいるかのいずれかである。

1について。鉱夫の場所がわからないので、全滅の危険を犯すべきではない。何もしなければ被害はありそうだが、それでもはるかにましだ。
2と3について。一方、もちろん被害がない方がいいので、AにいるならB、BにいるならAをふさぐべきだ。
4は前提条件にあたる。


しかし、2と3と4から以下を推論できてしまう。あとで詳しく書くがモーダスポーネンスと∨導入と∨除去を使えば導ける。

  • 5. Aをふさぐべきであるか、Bをふさぐべきであるかいずれかである。

これは1と矛盾する。1から4のどれも問題なさそうなのに矛盾が生じてしまった。さあパラドックスだ。


選択肢は以下となる。

  • 1を拒絶する
  • 2と3を拒絶する
  • 1と5は実は両立する
    • 1と5ではべきの意味が違う。または文脈が違う。
  • 2, 3, 4から5を導く推論を拒絶する
    • 本当の論理形式は見かけ通りではない
      • 2と3では、べきは広いスコープをとる
      • 2と3では、条件付き義務オペレーターが使われている
    • 論理形式は見かけ通りだが妥当な推論ではない
      • ∨導入がまずい
      • ∨除去がまずい
      • モーダスポーネンスがまずい


著者たちが取る解決はなんと、直接法条件文のモーダスポーネンスは妥当な推論規則ではないというものだ。無茶だろと思うだろうが、最後まで読むとかなり説得される。論文前半は他の選択肢をすべてつぶしていく作業をしている。ここもかなりおもしろいが、ここでは説明しない。
著者たちによれば、自然言語のifではifの前件が後件の評価コンテキストを変えてしまう。そのため、後件に評価コンテキスト依存の様相オペレーター(義務様相や認識様相)があるとモーダスポーネンスがうまく使えなくなることがある。


一応軽く著者たちの体系を説明する。命題の評価コンテキストは、可能世界wと、関連する可能世界の集合iからなる。

wは命題が評価される現実世界。iはレリバントな情報のもとで可能な世界の集合。認識様相や義務様相の真偽は、iの影響を受ける。


表でいうと、縦の列が関連する可能世界集合iにあたる。今、鉱夫はAかBにいるという情報があるので、iには二つのいずれかしかない。

鉱夫はAにいる 鉱夫はBにいる
1. Aをふさぐ 鉱夫は死ぬ 全員助かる
2. Bをふさぐ 全員助かる 鉱夫は死ぬ
3. 何もしない 数人怪我する 数人怪我する


次に「べき」の評価に必要な評価関数fがある。fはiの中の部分集合を選び出す。直観的な意味としては、これは関連する可能世界集合iからもっとも望ましい部分集合を選ぶ。
表でいうと、fは横の行のどの行が最善かを選ぶ。この場合だと1と2は鉱夫が全滅する世界が入ってしまっているので、3が最善として選ばれる。


べきの意味論は以下のようになる。

で「Aべき」が真 iff 最善世界の集合f(i)のすべての世界w'について、でAが真

ここでどんな評価関数fを考えるかで「べき」の判断は変わる。効用の最大化とか、道徳原理が守られることとか、ローカルルールを守るとかいろんな関数がありえる。ただし行為評価の際は、fが選ぶ最善世界集合は、現実的に取りうる選択肢になってないといけないという制限を入れる(「鉱夫も全滅させない! シャフトもふさぐ!」とかはダメ)。


重要なこととして、関数fの評価はiにも影響される。iが変化した時に順位が変わることもありえる。
例えば今新しい情報が入って、鉱夫がAにいることがわかった。するとiが更新されて以下のようになる。この場合2が最善になる。

鉱夫はAにいる
1. Aをふさぐ 鉱夫は死ぬ
2. Bをふさぐ 全員助かる
3. 何もしない 数人怪我する


パラドックスを生み出しているのは、自然言語のifでは、前件が後件の関連する世界集合iを変えてしまうことだ。
ifの意味論は以下のようになる。

で「[if A], B」が真 iff iの部分集合で、Aを常に真にする極大な集合jのすべてについて、でBが真。

ちょっと複雑だが、これは前件に様相オペレーターが入るケースを考慮して複雑になっているだけなので、とりあえずあまり気にしなくていい。


例えば、
「もし鉱夫がAにいるならば、Bをふさぐべきだ」
を考えよう。
この評価は、鉱夫がAにいることがわかっている場合の可能世界集合の元で後件を評価する形になる。先ほどみたように、鉱夫がAにいるとわかっているならBをふさぐべきなので、これは真になる。
しかしモーダスポーネンスを無制限に認めることはできない。
例えば、元のパラドックスを生み出していた以下の推論は妥当ではない。

  • 1. 鉱夫はAまたはBにいる
  • 2. 鉱夫がAにいるならば、Bをふさぐべきだ
  • 3. 鉱夫がBにいるならば、Aをふさぐべきだ
  • 鉱夫がAにいると仮定する
    • 4. 仮定と2より、Bをふさぐべき(モーダスポーネンス)
    • 5. Aをふさぐべきであるか、またはBをふさぐべきであるかいずれかである(∨導入)
  • 鉱夫がBにいると仮定する
    • 6. 仮定と3より、Aをふさぐべきだ(モーダスポーネンス)
    • 7. Aをふさぐべきであるか、またはBをふさぐべきであるかいずれかである(∨導入)
  • 結論: Aをふさぐべきであるか、またはBをふさぐべきであるかいずれかである(∨除去)

問題があるのは4と6。鉱夫がAにいることを仮定しても、自然言語のifと違って関連する可能世界の集合が更新されないので、4は導けない。


もちろん認識様相や義務様相オペレーターを含まないケースでのモーダスポーネンスは認められるので、モーダスポーネンスは多くの場合に妥当な規則となる。
ちなみに認識様相でもモーダスポーネンスがうまくいかないケースがあり、これも同じように説明できるらしい。