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Philip Quinn「キリスト教における人生の意味」

Philip QUinn, The meaning of life according to Christianity - PhilPapers

Quinn, Philip (2000). The meaning of life according to Christianity. In E. D. Klemke (ed.), _ The Meaning of Life _. Oxford University Press 57--64.

The Meaning of Life: A Reader

The Meaning of Life: A Reader

Klemkeのアンソロジーに入ってるやつ。

著者は人生の意味の三つのイミを区別している。

  1. 価値論的意味axiological meaning: 人生が正の価値論的意味をもつのは、ちょうど以下のときである。(i)人生が正の内在的価値をもち、(ii)人生が全体としてそれを生きる人にとって良いものである。
  2. 目的論的意味teleological meaning: 人生が正の目的論的意味をもつのは、ちょうど以下のときである。(i)人生が目的を含み、それを生きる人がその目的をトリビアルでなく、達成可能であると見なし、(ii)それらの目的は正の価値をもち、(iii)人生はそれらの目的の達成を目指し、熱意をもって遂行されるような行為を含む。
  3. 完全な意味complete meaning: 人生が正の完全な意味をもつのは、人生が正の価値論的意味と正の目的論的意味をもつちょうどそのときである。

人生そのものは物語ではないが、人生の中の出来事は物語られうる。キリスト教は歴史を重要とする宗教なので、その伝統において物語は重要な役割を果す。キリスト教の信者は、キリストの物語を模範として、人生を生きようとする。

著者はキルケゴールを引いて論じるが、キリストを模範とするということは、自らを地上におとしめ、迫害などの苦しみを受ける覚悟をもつということである。単なる崇拝者とはちがい、リアルなクリスチャンは、善をなそうとし、厳しい苦しみを覚悟しなければならない。

こうした生き方は、人生に正の目的論的意味を付与するだろう。ただし、こうした人生は苦しみに満ちたものなので、正の価値論的意味は欠如している。しかし、キリスト教は死後の復活を約束しているので、それによって価値論的意味もえられる。

さらに、キリスト教は、神の王国の到来を約束し、個々人を越えた人類全体の運命も教えてくれる。またキリスト教の宇宙観は意味の欠如したむなしいものではなく、神によるすべてのものへの愛に満ちたものである。

以上のようにキリスト教はいい感じで、人生の意味を与えてくれる。クリスチャンは、キリスト教こそ人生の意味に関する最上のストーリーを与えてくれると信じてもいいが、慎しさをもち、キリスト教内の多様な解釈や、他の宗教への寛容ももたなければならない。