R.M. Sainsbury『フィクションとフィクショナリズム』

少し前に読み終わって、これはいい本だなーと思うので紹介しておく。

Fiction and Fictionalism (New Problems of Philosophy)Fiction and Fictionalism (New Problems of Philosophy)


分析哲学でも、フィクションを巡る研究というのは非常に多様化していて、一人の著者がその全貌を紹介するというのはだんだん大変になってきている。
例えば、スタンフォード哲学事典の「フィクション」の項目はそんなに悪くない記事だが、大部分キャラクターの名前の指示に関する意味論上の問題やキャラクターの存在論に終始していて、例えばフィクションの定義を巡る議論はあまり紹介できていない。
その点この本はかなり幅が広いのがいい。フィクションの定義からはじまり、存在論を丁寧に追い、フィクショナリズム(虚構主義)の紹介までしている。少なくともフィクションの哲学の教科書としては一番アクセスしやすいものだろう。
強いてあげれば、フィクション感情のパラドックスやフィクションの認知的価値といった話題はほとんど触れられていないが、これはさすがに望みすぎかもしれない。

あとこれも関連するけど、何というか全体的に「哲学的すぎる」感じがあって、あまり芸術哲学的な視点がないのはちょっと気になるかな。「そんな立場とって何がうれしいの?」みたいな部分がよくわからないというか。
とはいえ良い教科書だし、なんかフィクションの哲学少し勉強したいなという人にはおすすめしたい。ウォルトンとかいきなり読んでも途方に暮れるからね……。


ちなみに、なんで分析哲学でこんなにフィクションを巡る議論が盛んになったかというと、以下のような事情があると思っている。

  • 真理や指示といった意味論的な概念が元々重要視されていた。
  • それら意味論的な概念から存在について考えようというプロジェクトがあった(クワイン型存在論)。
  • そうした中でキャラクター名やフィクションが限界事例として取り上げられてきた。
  • 一方で議論が盛り上がると、「いや実際のフィクションはそういうものじゃねーんだ」みたいな議論も出てきた。

そんなわけで、フィクションを巡る議論は、分析哲学のコアな議論と芸術哲学の話題が入り混じる大変面倒な領域になっている。
うまくときほぐせればおもしろいんだけどね。個人的にはせめてもう少しアクセシブルになればいいとは思っている。


参考リンク