Peter Hanks「命題に関する最近の仕事」

http://philpapers.org/rec/HANRWO
Hanks, Peter (2009). Recent work on propositions. Philosophy Compass 4 (3):469-486.

  • 1. 序
  • 2. 命題を直示するもの: 置き換えパズル
  • 3. 命題の存在に反対する最近の議論
    • 3.1 ベナセラフ問題と命題の表象
    • 3.2 命題の量化
  • 4. 最近の命題の理論二つ
    • 4.1 冗長[pleonastic]な命題
    • 4.2 構造的命題
  • 5. 結論: 将来の方向性

philosphy compassの記事。命題の存在論も勉強しなければならないと思っていたのでとりあえず読んだ。

命題は、文や態度(信念や想像など)の内容であると言われる。しかし命題とは何であり、それがどのような存在者であるかについてはあまり同意はない。とりあえず主要な対立は、命題は構造化されている(ものと性質のタプルからなる)という立場と、構造化されていないという立場の間にある。一方命題なるものの存在を認めない人たちも結構いる。


置き換えパズルは、「…ということ」を命題に置き換えられないケースがあるというもの。これは「…ということ(that節)」はそもそも命題を指示していないのではと疑う理由になる。
例えば、「ビルはヒラリーが議員であるということを信じている」「ビルはヒラリーが議員であるということを主張した」を「ビルはヒラリーが議員であるという命題を信じている」「ビルはヒラリーが議員であるという命題を主張した」に置き換えることはできる。
一方、「ビルはヒラリーが議員であるということを望んだ」を 「ビルはヒラリーが議員であるという命題を望んだ」に置き換えることはできない。
また「ビルはヒラリーが議員であるということを恐れている」を「ビルはヒラリーが議員であるという命題を恐れている」に置き換えると意味が変わってしまう(後者ではビルが命題という存在者を恐れていることになる)。
特に細かく紹介しないが、これについては統語論や動詞の意味にうったえて、いろいろな説明ができる。


構造説と非構造説の対立はジレンマがあって、命題が構造を持たないという立場だと、いったい命題なるものがどうやって個別化されるのかが謎になってしまう。一方、命題には構造があるという立場だと、抽象的な構造は複数の仕方で実現可能なので、いったいそのうちのどれが本当の構造なのかという問題が生じる。


後半ではシファーとキングの命題の理論が紹介されている。シファーの説では、命題とは、私たちの「…ということ」についての語りによって基礎づけられる制度的な人工物であって、それにコミットすることは何ら実質的中身を持たないというもの。ただ、シファーはそこから、命題には構造がないという帰結をだそうとするので、著者はそれを疑問視している。
一方キングの立場だと、命題は文のシンタクティカルな構造と意味論的な関係によって構造化される。これはエレガントだが、この立場だと命題はかなり強く特定の言語の構造に規定されるので、そこには問題があるかもしれないよと言われている。


ちなみにシファーはアミ・トマソンあたりと非常に考え方が近く、Ontology Made Easyなどでも、重要な先駆者として名前をあげられていたりする。この辺はもう少し追いかけたいと思っているところ。