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Bence Nanay「音楽の二面性」

music

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http://philpapers.org/rec/NANMT
Nanay, Bence (2012). Musical twofoldness. The Monist 95 (4):607-624.

  • 1. 序
  • 2. 二面性と図像
  • 3. 二面性と音楽の演奏
  • 4. 音楽の演奏の美的評価対音楽の美的評価
    • 楽器性
    • マルチモダリティ
  • 5. 結論: 真性性論争の枠付け

図像の二面性についての議論から音楽の美的評価にも二面性があるという議論をしている。
図像の二面性というのは、絵や写真を見る時に、線や印など表面的特徴と、描かれているものの両方の経験があるという話で、描写の議論ではしばしば指摘される。


ただし、ナナイはまず、図像の二面性を以下の二つに分けている。

  • 図像表面と図像の内容の両方に注意が向けられている。
  • 図像表面と図像の内容の両方が知覚的に表象されている。

後者は、図像的表現全般の必要条件だが、前者は、図像を美的に評価する際の必要条件となる。
図像を見る時に常に表面と内容の両方に注意を向ける必要はないが、美的な評価では両者とも必要となる。


ナナイによると、音楽にも似たような二面性があって、音楽の演奏(performance)を聴く際には以下の両方が必要とされる。

  • 演奏に対する注意
  • 作品に対する注意


ちょっと独特なのは、ナナイはこの二つの注意は「同時」でなければならないとしている点だ。両者の関係を把握するには、両者に同時に注意を向ける必要があるという議論をしている。
また、演奏に対する注意と作品に対する注意が同時であるがゆえに、作品の評価は演奏の評価に影響を受ける。
もちろん、演奏ではなく作品を評価するということもあるのだが、そのためには演奏の面をあえて無視するということが必要となる。
また、演奏の評価で重要な影響を与える例として、楽器への注意とマルチモダリティ(視覚と聴覚の連動)があげられている。


感想

これ図像の二面性と関係あるのか?と言ったらそんなに関係ないが、比較に意義はあるかなと思った。
ちょっとおもしろいのは、注で触れられているだけだが図像の屈折[inflection]の音楽版があるかもしれないという話。
屈折とは表面的特徴と内容が切り離せないことを言う。典型的にはゴッホの絵などがあげられたりする。ナナイのアナロジーだと音楽の場合、演奏の特徴と曲の特徴を切り離せないケースが屈折にあたるはずだ。
例はあがってないが、「矢野顕子は何を歌っても矢野顕子になる」みたいにあまりに特徴的な演奏は音楽版の屈折になるのかもしれない。