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J. David Vellman「物語的説明」

ナラティブ関係もちょっとずつ読むよ。

http://philpapers.org/rec/VELNE
Velleman, J. David (2003). Narrative explanation. Philosophical Review 112 (1):1-25.

  • 物語的説明の問題
  • シナリオ
  • 終わり
  • 感情と時間
  • 例外と条件
  • 感情的理解

Vellmanってあまり読んで納得したことはないが、ピンポイントで私の関心に近いものを書いてくれるイメージがある。これは重要なことを書いているような気もした。


以下要約。
物語は出来事を順序立てて述べる以上のことをする。物語は出来事をまとめあげて理解可能にする。物語を語ることは説明することである。
では何が物語をまとめあげ、何が物語に説明力を与えるのか。この問題は、歴史、法、臨床心理学など物語が役割を果たす領域で議論されてきた。


アリストテレス、E.M.フォスター、ノエル・キャロル説:
物語をまとめあげるのは「必然性と確率」(因果関係)である。
物語は出来事がなぜ起きたかを説明する。この立場では、物語的説明は科学的説明とあまり変わらない。
しかし、因果関係のない物語もある。「殺された人の像が倒れてきて、殺人者が死んだ」はそこに因果関係がまったくなくても良い物語でありえる。
物語をまとめあげるのは、鑑賞者の感情を満足させる「感情のリズムemotional cadence」。
感情には時間構造がある。

  • 感情を喚起する特定の条件
  • 身体的反応
  • 感情に動機づけられた行為への傾向
  • 感情が消える際のパターン


恐怖の発生: 危険な状況
恐怖の身体的反応: 震え、動悸など
恐怖から来る行為: 逃げるなど
恐怖の消滅: 恐怖の原因が消えるなど


複数の感情が連鎖することもある。
困惑→興味→予感→恐怖→悲嘆など。
また感情には不安定な感情と安定した感情があり、物語はしばしば不安定な感情から安定した感情へとつづく。物語をまとめあげるのはこうした感情生起のパターンである。
物語に説明力を与えるのは次の二つ

  • 1 物語は出来事を慣れ親しんだ感情のパターンに組み込む。
  • 2 感情は先行する感情を組み込めるので、物語は先行する諸々を最終的な感情によってまとめあげる。

例えば「うかれて変なことをした後悔」は後続する感情のもとに先行する出来事や感情をまとめあげている。


こうした物語的説明の理解によって、物語の認識的役割が明確になる。例えばヘイドン・ホワイトの「物語的歴史はフィクションである」という批判には一理ある。物語による誤謬は避けられないものではないが、物語がもたらす主観的説明を客観的説明と誤解してしまうことはある。物語が与える主観的意味を出来事の客観的意味だと思ってしまうかもしれない。
私たちは一貫した説明の方を信じる傾向がある。客観的説明の場合この態度は合理的だが、物語的説明のような主観的説明の場合合理的ではない。物語によって人に信じさせることはしばしば有効だが、合理性や真理には貢献しない。