Robert Hopkins『図像、イメージ、体験 - 哲学的探求』6章「不確定性と解釈」

Picture, Image and Experience: A Philosophical InquiryPicture, Image and Experience: A Philosophical Inquiry


http://philpapers.org/rec/HOPPIA-2

  • 1. 問題
  • 2. 新しいはじまり
  • 3. 分離: ひとつの困難を克服
  • 4. 図像を解釈する
  • 5. 分離と解釈
  • 6. 分離と未完の説明
  • 7. 多様性を受け入れる: 類似、構造、遠近法で描くこと

以下のような、棒人間の絵を考えてみよう。
http://xkcd.com/1006/

これはとても不確定な人間の絵だ。痩せているのか太っているのかもわからない。性別もよくわからない。
絵の内容が不確定だとすると、それを見る私たちの視覚経験の内容はどうだろうか。私たちは、絵の中に不確定なものを見ているのか?
線が不確定だから内容も不確定になるということはある。走り書きのラフスケッチなどの場合は、私たちは不確定なものを見るし、それによって絵の内容も不確定になる。
ところが棒人間の例はそうではない。棒人間はやせ細って見えるが、私たちはそれを不確定な人間の絵として見る。この場合は視覚経験の内容(seeing-in content)と、図像の内容(pictorial content)が異なっている。
視覚経験の内容と図像の内容がともに不確定である場合を融和(Marriage)アプローチ、視覚経験が確定的で図像の内容が不確定である場合を分離(Separation)アプローチと呼ぼう。図像はこの両者をともに利用する。
しかし、視覚経験の内容と図像の内容が異なることがあるとすれば、視覚経験の内容の内、どの部分を無視し、どの部分を採用するかというのを見る人はどうやって決めるのか?
Hopkinsは3つのリソースがあると言う。

  • 世界にあるものについての知識

多くのものには色がある、ピンク色の象はいない、など。

  • 描かれるものについての知識

基本的には世界の中にあるものが描かれる。

  • 制作手段についての知識

制作者の意図や、写真、エッチングなど手段についての知識。


こういう知識を使って、「体は線のようだけど、実際はそうではない」とか「足から下は描かれていないが、描かれていないだけだろう」ということを解釈する。