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芸術概念の誕生と芸術の理論(Lopes『芸術のかなた』二章)

タイトルの訳はてきとう。

Beyond Art

Beyond Art

ちょっとずつ読んでるが、二章の歴史の話がなかなかおもしろい。

ロペスは、芸術に関する理論をふたつにわけている。

  • 芸術作品の理論theory of art: 「xが芸術作品であるとはどういうことか」「何がxを芸術作品にするのか」に答える理論。
  • 芸術活動の理論theory of the arts: 「Kが芸術であるとはどういうことか」「何がKを芸術にするのか」に答える理論。

英語の直訳だと「芸術の理論」「諸芸術の理論」になるのだが、めちゃめちゃわかりにくいので、とりあえずここでは、「芸術作品の理論」と「芸術活動の理論」と呼ぶ。芸術作品の理論は、芸術作品とは何かに答えるもので、芸術活動の理論は、どんな活動が芸術に属するのかを答えるものだ。たとえば「作者のいない作品はありえるか」というのは、芸術作品の理論が答える問いだし、「ゲームは芸術か」とか「ファッションデザインは芸術か」というのは、芸術活動の理論が答える問いだ。

20世紀以降、美学の主要な論点は、芸術作品の理論だった。美学者は、芸術作品とは何かについてさんざん論争してきた。ロペスのこの本はこの力点を芸術活動の理論の方に移すことを提案しているのだが、二章では背景となる歴史が語られている。「芸術作品の理論」全盛はあくまで20世紀以降の傾向であり、それ以前はむしろ「芸術活動の理論」がさかんだった。ロペスは18世紀19世紀20世紀をそれぞれ扱っているが、以下ではとりあえず18世紀の話をまとめておく(長くなったので力つきた)。

芸術概念のはじまり

18世紀に関して、ロペスのネタ元はPaul KristellerのThe Modern System of the Artsという論文だ。Kristellerに従えば、芸術の概念が完成したのは18世紀半ばのフランスだ*1

芸術概念の成立ということでここで意味されているのは、絵画や音楽や詩を「似た活動」としてまとめあげ、それを学問や他の技術から区別する発想だ。よく知られているように、それ以前の"art"*2という語は、現在の「技術」に近い意味であり、絵画や彫刻だけではなく、哲学や天文学や釣りや工学やその他さまざまなものを含んでいた。

要するに、現在ある芸術の分類に近いものが完成したのが18世紀だった。この新しいグループの中核にあったのは、絵画、彫刻、建築、音楽、詩。よく含まれていたのが造園、ダンス、舞台、散文。またこのグループは、リベラルアーツや実践的技術や科学といった他の新しいグループから区別されるようになった。なお、この辺の歴史は日本語だと佐々木健一美学事典』の「芸術」の項目などが簡潔にまとまっている。

また、この新しいグループは、理論によって保護された。Paul Kristellerによれば、この重要なステップは、シャルル・バトゥーの理論によってなされた。バトゥーによれば、芸術は美しい自然を模倣するという共通点をもっている。この理論は、同時代でもさまざまに反論されたが、それが提案していた分類そのものは否定されなかった。これはおもしろいところだと思うが、バトゥーの理論そのものは正しくないかもしれないし、受け入れられもしなかったが、それによって芸術概念が導入され、安定化することになった。

芸術概念は理論──バトゥーの模倣理論──によって導入され、その概念がまとめあげているものは、この理論が同一視したものたちであると理解された。理論は概念の指示を固定したが、その理論がすぐに廃棄されたのだ。すべての概念がこんな風になっているわけではない。重力、人格性、色の民間概念は、重力、人格性、色の理論によって導入されたわけではない。18世紀の芸術概念はポリマーの概念や論理的完全性の概念の方に似ている。ポリマーや論理的完全性の概念とはちがって、それは今や民間概念のレパートリーへと浸透したのだけど。p.29

ロペスがここから引き出している重要な帰結は、バトゥーの理論が「芸術活動の理論」であることだ。それは活動が芸術に属するのは、何によるのかを述べている。どんな活動が芸術に属するのか? ──美しい自然を模倣するようなものを生み出す活動。

もちろんこの理論から、「芸術作品の理論」を引き出すこともできる。芸術作品とは何か?──美しい自然を模倣するもの。そのかぎりでは、18世紀に芸術作品の理論があったと言ってもいい。しかし、この「芸術作品の理論」は「芸術活動の理論」の単なる系であって、特に問題になっていなかった。例えば、模倣理論には、さまざまな反例があげられたが(例えば、器楽曲は模倣しない)、それはあくまで「芸術活動の理論」に対する反例であって、美しい自然を模倣しない作品があることについては特に問題になってはいなかった。例えば、絵画が総体として芸術であると言えるかぎりにおいて、ひどい光景を描いた絵画もあるということは深刻な反例とは見なされなかった。

*1:ただし、Kristellerは「18世紀以前に芸術はなかった」という主張は否定するらしい。これはあくまで芸術概念誕生の日付だ。

*2:ギリシャ語の「テクネー」