『名前に何の意味があるのか』の固有名の指示に関する立場のメモ

名前に何の意味があるのか: 固有名の哲学名前に何の意味があるのか: 固有名の哲学


『名前に何の意味があるのか』では、クリプキエヴァンズの議論を批判的に検討したあと、2章後半で、固有名による指示の条件に関するオリジナルな立場が擁護される(pp.45-67, 2-3)。ここはわりと複雑なので、一読しただけではなかなか理解できない。ここでちょっとまとめておきたい。


まず、対象言語とメタ言語をわけておかないと混乱するので区別しておこう。
Lという言語において「太郎」という名前がoを指示するのはいつか?というセッティングで考えよう。本書の枠組みでは、「太郎」とoの結びつきはLの話者たちの「太郎」情報ネットワークを介して実現される。
本書で重要な役割を果たすのは、名前の情報ネットワークというアイデアである。ここには、二つの重要な結びつきがある。まず、情報ネットワークはある名前に関するものである(名前 - 情報ネットワーク)。さらに情報ネットワークは、ある対象についてのものである(情報ネットワーク - 対象)。
最終的な説明では、(i)名前 - 情報ネットワーク、(ii)情報ネットワーク - 対象の二つの結びつきをを通じて、名前と対象が結びつくことになる。細かい定義は読めば書いてあるので以下ではインデックスと直観的な説明だけ与える。

(i)名前 - 情報ネットワーク

pp.51-58

まず、情報ネットワークの定義と、情報ネットワークと名前の結びつきを確認していこう。情報ネットワークは、対象ファイルという心理的なものを使って規定されている。情報ネットワークというのは、複数の人の対象ファイルを結びつけたネットワークのことだ。重要な点として、ここで名前と情報ネットワークの結びつきは、Lの話者の心理と行動だけによって定義される。名前によって指示される対象はまだでてこない。

対象ファイルは、個々の話者が情報をまとめた心的ファイルであるとされる(pp.29-32)。
例えばLの話者sは、複数の人物を区別しており、以下のようにそれぞれの情報をまとめている。このそれぞれの情報のまとまりを対象ファイルと呼ぶ(本書における情報の定義ははっきり書いていないが、多分言語L上の述語のようなものにあたる)。

  • [太郎]ファイル1: 小学生である。親戚の子どもである。
  • [太郎]ファイル2: 芸能人である。中年の男性である。
  • [次郎]ファイル3: 学校の同級生である。

また個々のファイルには名前が結びつけられている。ただし本書で名前は単に音や字の組み合わせとして定義されているため、Lの話者が「太郎」と結びつけるファイルは複数あるかもしれない。

次に、複数の話者の対象ファイルが結びつけられる(p.56)。話者のファイルと聞き手のファイルが結びつくのは、「太郎」を含む発話によって、二人が持つ二つのファイルの間で情報がやりとりされる場合である。
なお、対象ファイルというのは、基本的に個人の頭の中だけにあるものであることに注意。ファイル同士の結びつきというのは、名前を使ってファイルの間で情報が受け渡されることを意味する。

例えば、sさんとhさんが以下のような対象ファイルを持っているとする。

  • 話者sのファイル
    • [太郎]ファイル1: 小学生である。親戚の子どもである。
    • [太郎]ファイル2: 芸能人である。中年の男性である。
    • [次郎]ファイル3: 学校の同級生である。
  • 話者hのファイル
    • [太郎]ファイル4: sの親戚の子どもである。
    • [次郎]ファイル5: 学校の同級生である。

sとhの会話によって、ファイル1の情報がファイル4に付け足されるなら、言語Lの共同体には、以下のようなエッジを持つ「太郎」ネットワークがある。

  • ファイル1 -> ファイル4

情報ネットワークはファイル同士のリンクの閉包として定義される。

繰り返しになるが、以上の説明に「太郎」と呼ばれている人はまだ出てこないことに注意しよう。ネットワークの個別化は、Lの話者の心理と行動だけによってなされる。ひとりの人にひとつネットワークが割り当てられるわけでもないし、ひとつの名前にひとつのネットワークが割り当てられるわけでもない

(ii)情報ネットワーク - 対象

pp. 59-60

ここまでで、言語Lの名前および、名前と結びついた情報ネットワークが与えられた。以上のように、ネットワークを個別化したあとではじめて、ネットワークと対象の関係が議論される。本書では、情報ネットワークと対象の関係は知覚的再認によって結びつけられる。基本的なアイデアエヴァンズを引きついでいて、「太郎」情報ネットワークを構成する対象ファイルに、oの知覚から得られた情報が相当数入っているなら、「太郎」はoの名前である。

うまくいっているケースだと、話者sが、情報ネットワークNのもとで、「太郎」という名前を使用する。さらに情報ネットワークNは対象oについてものである。この場合sによる「太郎」の使用はoを指示する。

一方発話の指示が失敗するケースは二つありえて、

  • まず、話し手の名前の使用がどのネットワークに属するものかうまく決定できないケース。
    • 例えば話し手の知識が少なすぎて、どの「太郎」情報ネットワークに属するか決定しようがないケース。
  • 情報ネットワークと対象の関係が混乱しているケース
    • 情報ネットワークに複数の対象が結びついていたり、いかなる対象も結びついていないケース。

情報ネットワークは、対象から独立に定義されているので、いかなる対象についてのものでもない情報ネットワークや、複数の対象の情報が流入してしまっている情報ネットワークというものも存在しうる。また言語Lの話者が死んだり生まれたりして世代交代していくと、情報ネットワークそのものも変化していく。かつてはoについてのネットワークだったものが、世代交代によって別の対象pについてのネットワークになるということも起こりえる。名前による指示の変化を説明することが重要な課題のひとつとして設定されているので、まあそれはそうじゃないと困るのだ。


まとめ

名前
単に音や字の列として定義される。
情報ネットワーク
複数の話者の心的ファイルの結びつきで定義される。
対象と情報ネットワークの関係
知覚的再認に基づく。