ノエル・キャロル「ホラーの本質」

Noël Carroll, The nature of horror - PhilPapers

Carroll, Noël (1987). The nature of horror. Journal of Aesthetics and Art Criticism 46 (1):51-59.

だいぶ間が空いてしまったが一応SFファンタジーに関する論文を紹介したので、ホラーに関する論文も紹介する。

これはのちに『ホラーの哲学』の1章の一部になった論文だ。書籍の方も読んだ。基本的な主張は変わってないが、書籍の方が長いのでそちらを読めばいいと思われる。

The Philosophy of Horror: Or, Paradoxes of the Heart

The Philosophy of Horror: Or, Paradoxes of the Heart

この論文でキャロルは、ホラージャンルがもたらす固有の感情を特徴づけることで、ホラージャンルの本質を特定しようとしている。ホラー特有の感情は、「アートホラー」という名前で呼ばれている。

キャロルによれば、感情の種類は、特定の状況の認知と身体反応によって特定される。よって、アートホラーを特定するには、アートホラーがどんな身体反応と、どんな状況の認知を伴うかを特定すれば良い。

また、このアートホラーの感情を特定するために、キャロルは、次のような手順を踏んでいる。まず、ホラージャンルにおいては、鑑賞者に期待される反応は、登場人物の反応と一致すると考えられる。さらに、ホラージャンルにおける登場人物の反応は以下のようにまとめられる。

登場人物は、何らかのモンスターXと遭遇することで、以下のような反応に陥る。

  1. 身体反応: 震え、悪寒、叫びなどの正常でない身体的動揺状態
  2. 状況認知: モンスターXは危険threateningで不浄impureなものである
  3. 1の身体反応は、2の状況認知によって引き起こされる。

これがそのまま観賞者に期待される感情(=アートホラー)の構成要素となる。

ポイントは、危険と不浄の両方が必要だという部分にある。モンスターが危険なだけであれば、引き起こされる感情は、危いものへの恐れfear(コワイ)になる。モンスターが不浄なだけであれば、引き起こされる感情は、嫌悪disgust(キモイ)になる。アートホラーには、この両方が必要であるとされる。

不浄

「不浄」という部分はわかりにくいが、キャロル説の特徴的な部分でもある。キャロルは、メアリ・ダグラスに依拠した上で、不浄なものは、多くの場合、境界侵犯的なものや不定形のものであると説明している。要するに、人間の嫌悪を引き起こすような性質だ。具体的に不浄なものの例としてあがっているのは、

  • 生と死の境界を侵犯するもの: 幽霊、ゾンビ、ミイラ、フランケンシュタインの怪物
  • 無生物と生物の境界を侵犯するもの: 意志をもった家、ロボット、殺人自動車
  • 異なる種を組み合わせたもの: 狼男、蜥蜴男
  • 複数の個体の融合: ジキルとハイド、悪魔憑き
  • 特定のカテゴリーの部分しかないもの: 動く手

確かに、単純に「危険で恐い」だけではなく、日常的な理解を攪乱したり、タブーに触れる要素が重要な気もする。

私見では、ホラーの登場人物はオープンマインドで寛容な人間ではなく、偏見に満ちた狭量で保守的な人間であった方が良いと思うのだが*1、それはおそらくこの要素と関連しているのではないかと思った。つまり、狭量な人間が焦点になっている方が、モンスターによって境界を攪乱されやすくなるので、よりアートホラーが高まるのではないかと考えられる。

またキャロルも指摘しているように、モンスターは日常世界の外から来る(宇宙、地中、海など)というのもこうした境界侵犯性と結びついていると考えられる。

*1:そして実際そのように設定されることが多いと思うのだが。