Greg Frost-Arnold「「分析哲学」の興隆: いつ、どのようにして人々は自らを「分析哲学者」と呼ぶようになったのか

Frost-Arnold, Greg (2017). The Rise of ‘Analytic Philosophy’: When and How Did People Begin Calling Themselves ‘Analytic Philosophers’? In Sandra Lapointe & Christopher Pincock (eds.), Innovations in the History of Analytical Philosophy. Palgrave Macmillan. pp. 27-67.

タイトルは「分析哲学」が括弧に入っているのがポイントで、「分析哲学の興隆」ではなく、「語「分析哲学」の興隆」。「分析哲学」という用語の普及の歴史を追った論文。

目次

  • 1 序
  • 2 動機
  • 3 いつ?
    • 3-1 境界を見る: ネーゲルの記事、最初の教科書、最初のアンソロジー
    • 3-2 反論と応答...および厄介な問題
  • 4 グルーピングに対する当時の正当化
    • 4-1 ネーゲルの正当化
    • 4-2 第二フェーズ。世紀半ばにおける正当化
  • 5 グルーピングに対する抵抗
    • 5-1 初期ケンブリッジ分析学派は第二フェーズにおけるグルーピングの正当化を明示的に拒否
    • 5-2 なぜ「分析哲学」は1950年代まで広まらなかったのか
    • 5-3. なぜイギリス人は最終的には「第二フェーズ」の言語的哲学観を受け入れたのか
  • 6 「分析哲学」の対義クラス(たち)
    • 6-1 「大陸哲学」
    • 6-2 初期の対義クラス
  • 7 結論

著者はこの研究のモチベーションとして次のような考察をあげる。〔ジョージ・エドワード〕ムーアと、カルナップは、どちらも分析哲学の祖のひとりであり、典型的な分析哲学者とされているが、素朴に考えて、このふたりの哲学が似ているようには見えない。カルナップは数理論理学を大いに使用しているが、ムーアは少しも使用していない。カルナップは、哲学は科学の論理学によって置き換えられるべきだとしているが、ムーアの哲学には科学の論理学らしい部分は少しもない。そうだとすると、いったいなぜこのふたりが「同じグループ」とされているのかは大いに疑問ではないか。

これに対し、「いやいや今の目で見るとそう見えるだけで、同時代にはそうでもなかったのではないか?」と言う人がいるかもしれないが、別に同時代にも、この両者を「同じグループ」と考えることはまったく自明なことではなかった、と著者は指摘する。そうだとすると、この両者を同じグループと見なすようなカテゴリーがいったいなぜ普及していったのかは大きな歴史的謎である。

そこで、とりあえず、同時代の人々がこのグルーピングに対してどのような正当化を与えたのか、およびそれに対し、どんな批判があったのかを見ていこうという趣旨。

読むとわかること

読むとわかること

  • 著者によれば、語「分析哲学」が現在の意味で使用されだしたのは1930年代だが、広まったのは1950年前後である。
  • 1930年代
    • 1930年代は、ケンブリッジ分析学派の人々が自分たちの方法の名称として「分析」を使っていた。ただしケンブリッジ分析学派は「分析哲学」「分析哲学者」という言い方はあまりしない。また、「分析哲学」に、論理実証主義などを含めるような用法も見られない。
    • 例外的に今の用法に近いものとして、Ernest Nagelの‘Impressions and Appraisals of Analytic Philosophy in Europe’(1936)という文章がある。これは、アメリカ人のアーネスト・ネーゲルがヨーロッパに留学して、「ヨーロッパの最先端の哲学をアメリカに紹介します!」という趣旨で書かれたもの。ここでは(1)ムーアなどケンブリッジ分析学派、(2)論理実証主義、(3)ウィトゲンシュタイン、(4)ポーランドの論理学者と唯名論者などが、「分析哲学」というラベルでまとめられており、おおむね今の分類に近い。
    • 著者がそういう言い方をしているわけではないのだが、素朴に考えると、ネーゲルの文章は「ヨーロッパの哲学をアメリカに紹介する」という趣旨で書かれたものだったので、イギリスの哲学と、ドイツやポーランドの哲学をひっくるめて──それらの違いにはあまり頓着せず──「分析哲学」というラベルをつけたのではないかという感じもする。
  • 1950年前後
    • 1949年に「分析哲学」を冠した教科書と論文集が出ている。Arthur PapのElements of Analytic Philosophy(1949)、Feigl and SellarsのReadings in Philosophical Analysis(1949)。この辺から、現代の用法とほぼ近いものが定着していく。
    • 分析哲学の特徴は、言語に注目するアプローチだ」と言われはじめたのはこの頃。
    • ただし、本当に「分析哲学」というひとつのグループがあるのかどうかはあやしいというのは、これらの本でも指摘されている。ケンブリッジ分析学派など、言語アプローチを明確に否定する人々も存在する。また、ケンブリッジやオックスフォードの人々は論理実証主義とまとめられるのを嫌がっていた。
  • 本論と関係ない小ネタだがおもしろかったものとして、「分析哲学」と対比して「大陸哲学」を使うのはもっとずっと新しい用法で定着したのは1970年代らしい*1

*1:アングロサクソンの哲学と大陸の哲学を対比するといった用法は当然ながらもっと昔からあるが。